初恋の味
7歳になったばかりの2月、滴る血が、冬の終わりに染み出していた。
仲良しのあやこちゃんが、薔薇のほうがおいしいんだよと言った
みんな椿の蜜を吸うでしょ、でも薔薇のほうが何倍も甘い蜜なんだよ
二人で慣れない花屋に入り、薔薇を一本ずつ買った
あやこちゃんは花の香りをかいでからそのままむしゃむしゃ薔薇を食べた
一口目は一番外側の花びらを一枚剥いでゆっくり口に含み、そのあとは上から花を噛みちぎっていった。
とてもおいしそうに食べた
自分も習い、花の香りを吸った、トイレの芳香剤の香りと思ったが、本当はこれがいい香りなんだ。
そのまま布みたいな花びらを口の中にいれ、ぱさぱさになった舌から無理やりのどに押し込んだ
味なんてほとんどしない。やわらかく憂鬱な草を食べているようだった。胡麻ドレッシングがあったらマシだったかもしれない。
緑の部分に差し掛かる。あやこちゃんはもう食べ終えていた
薔薇の棘が、乾いた舌を血で潤していく
あやこちゃんに見つめられながら、あやこちゃんを見つめながら、何かの期待に答えなければならないという試練のようなものを感じていた
咀嚼するたびに、棘が私の奥に刺さる
それを合図に、蜜が口の中に溢れだす。
それは今まで味わったことのない味だった。
椿の蜜よりも濃く、熱く、痺れを伴う甘さだった。
蜜をすった。吸っても、蜜は口の中で溢れた。
頭がぼうっとして、泣きたかった。
あやこちゃんが微笑んだので、我慢せず涙が流れた。
熱いものが、顔の上で、舌の上で、生まれ続けている。
口の中はさらに渇き、補うようにして蜜があふれる。
唇から赤い蜜が滴る。
どうしてあやこちゃんは血を流していないんだろう?
慣れれば自分の口の中でうまく処理できるようになるの、とあやこちゃんは教えてくれた
あやこちゃんは何でも知っている、あやこちゃんの言うことは絶対。なぜあやこちゃんにあそこまで影響され信者になっていたのか今となっては謎だがあの頃はあやこちゃんが安心できる羅針盤だった。
7歳にして、最も甘い蜜の味を知った
もう椿では満たされない
帰ると口から血を垂れ流した我が子を見て親は軽いパニックに陥り、理由を聞いたが本当の理由を教えたくなかった。
椿よりも甘い蜜の味を、この人は知っているのだろうか。
血だらけになった口の中はその後何日も食べ物を拒み続け、あやこちゃんは数か月後に親の転勤でどこかへ引っ越した。
平成12年、もう2度と戻ってこない僕の甘い蜜を感じた年